ガレリア・プロバ

ガレリア・プロバ1988年夏発行「Heart Warming」


2つの感性が溶け合った凛々しい、デュオ作品。
デンマーク・エデルトフトのグラスミュージアム館長、リンガード氏の推薦をいただいた活躍中の若手アーティスト。そのタッチは北欧の清冽なフィヨルドの水辺にも似て、きわめて清潔。 ガラス特有の透明感と凛々しさ。淡く、引きづり込まれるほどのクリアーな感触。それはノルウェーの森の静寂と深さに息を飲む出会い。 ダリル&アニヤの2つの感性が溶け合い、いっしょになって、新鮮な幻想の声明を現出させています。

Darryle Hinz & Anja Kjaer

ダリル・ヒンツは、パリ、ニューヨーク、京都、デンマークなどで数十回の個展を行い、その作品は、ドイツのゴブルク美術館、ベルリン美術博物館、スコットランドのグラスゴー美術館、イギリスのビクトリア・アルバート美術館など各国多数の美術館に収蔵されています。
Darryle Hinz & Anja Kjaer

一方、アニヤ・ケールも過去十数回の個展を開催し、またその作品は、コペンハーゲン、ベルリン、ニューヨークなど、世界7か所の美術館に、永久収蔵品として収められています。
Darryle Hinz & Anja Kjaer
Darryle Hinz ダリル・ヒンツ
1972年カリフォルニア州立大学卒業。1978~79年コペンハーゲンのスクール・オブ・アーツ(クラフト&デザイン科)を始め、スコットランドのエジンバラ・カレッジ・オブ・アート、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートなどにおいて、ガラスのデザインと技術を教える。1983年アニヤ・ケールとともにコペンハーゲンにガラス工房を持つ。
Anja Kjær アニヤ・ケール
1979~83年スクール・オブ・アーツで、クラフトとデザインを学ぶ。1982年デンマークでプロとして活動を始める。1983年ダリル・ヒンツと共同で創作するようになる。1985年スクール・オブ・アーツ(クラフト&デザイン科)で、講師として塑像を教える。ノルウェーにおいてもフリーで活動する。



藤田喬平 Kyohei Fujita
1921年(大正10年)東京生まれ。1944年(昭和19年)東京美術学校工芸家卒業。1964年(昭和39年)第4回個展にて「紅彩」を発表。以後、”流動ガラス”としてシリーズ化。1970年(昭和45年)第13回個展開催。「飾筥」シリーズが始まる。1977年(昭和52年)渡伊。ヴェニス、ムラーノ島での創作活動開始。1986年(昭和61年)パリ・ポンピドーセンター「前衛芸術の日本」展招待出品。
藤田喬平「金白金彩茶わん」
藤田喬平「金白金彩茶盌」

ガゼッタ前身ハートウォーミング1988年夏号

フジタのドリームボックス

昭和39年、第4回高島屋個展にて「紅彩」を発表。このシリーズは、どろどろと動くガラスという素材の一瞬の姿をとらえ、「流動ガラス」と名づけられました。これまでの器物(工芸)の中に入らない作品を作ってみたい衝動に駆られて制作したもので、これが氏の第一の記念すべき作品になりました。

「ある日、文具店に入ったところ、そこに並べて置いてあった安物の朱肉入れを見た時、一瞬のひらめきを感じ、思わず大声を出しそうになった・・・(中略)・・・
数週間後、それが思いどおりの作品に結びついた時の感激は今も忘れない。これがインスピレーションというものなのか。新しい作品が生まれる時には、人智の及ばない力の動きを感じざるを得ない」(季刊「銀花」'87年第71号より)

第二の記念すべき作品「飾筥」シリーズがこれによって始まりました。美校時代から憧れていた琳派の芸術によって、ガラスで筥を作ってみたいと考え、さまざまな試行錯誤の末、生まれたのが「飾筥・菖蒲」。江戸時代中期の画家、尾形光琳や俵屋宗達が現代にいたら、また当時彼らがガラスという素材を扱っていたなら、どんな作品を創作したであろうかと思いつつ制作を始めたそうです。

この「飾筥」、外国では「フジタのドリームボックス」と呼ばれています。コペンハーゲンでのオープニングの席上「この筥の用途は、求めた方はご自分の夢を入れてください」と説明したことに端を発しているそうです。


藤田喬平「飾筥:室町」
藤田喬平「飾筥:室町」
藤田喬平「飾筥:瀧田」
藤田喬平「飾筥:瀧田」

ヴェニスにて。世界へ

排他的な風土、通じぬ言葉、恐ろしいほどの技術、気心の知れぬ職人たち・・・そんなヴェニスでの最初の不安も徐々に解決して十年、いまでは「日本で制作するよりヴェニス・ムラーノで仕事をするほうが発想も自由になり、色感も敏感になる。恐らくムラーノではいかなる発想も飲み込んでしまう、高度な技術と千年の伝統が私を包みこんでくれるのかもしれない」

「ガラスほど世界共通の土壌の上で競える素材はほかに少ない。その中で己の真実を表現することが肝要だ。国際化という言葉が使われる現在、私たち(日本の)民族の伝統や背景の原型というものを、今一度考え直すことこそ、真の国際化につながるのではないだろうか」

「僕の展覧会の内容が毎年変わると言われるが、そうしなくちゃ。それが楽しみで仕事してるんだもの。同じことばかりやっていたらアートではなく、商売になってしまう。何もかも変わる、というわけじゃない。何点か新しい作が加わり、古い作風の、いらないものが消えていくわけだ」

素材の一瞬の姿に生命のきらめきが吹き込まれる藤田氏の作品は、昭和50年代より毎年国際的なガラス展に招待出品され、その一部はルーブル装飾美術館をはじめとする各国の代表的な美術館にも所蔵されています。

藤田喬平「ヴェニス:徳利、ぐい呑み」
藤田喬平「ヴェニス:徳利、ぐい呑み」
藤田喬平「ヴェニス:鉢」
藤田喬平「ヴェニス:鉢」


<<心温まるアートを世界から   世界の子供たちを救おう>>
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このページは、1988年夏にガレリア・プロバから発行された「Heart Warming」の内容を掲載したものです。


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