ガレリア・プロバ

ガレリア・プロバ1989年7月発行「La Gazzetta 創刊号」
ストックブリッジ
ストックブリッジの町のメインストリート。
ロックウェルの作品にも登場している。

ノーマン・ロックウェル・ミュージアム訪問記
ノーマン・ロックウェルミュージアム
メインストリートにあるこの建物の2階は、
ロックウェルがアトリエとして使っていたことがある。

ノーマン・ロックウェル・ミュージアム
ロックウェル・ミュージアムの看板。オリジナルは、ロックウェルが描いた。
1989年7月14日よりガレリア・プロバでは久々の大規模な個展“ノーマン・ロックウェル展”を開催することになりました。

ロックウェルといえば、知る人ぞ知る、知らない人も絵を見れば知っている、つまり知らない人はいないという大作家なのでありますが、信じられない程たくさんの広告、雑誌の表紙等を手がけたものですから、アーティストとしてよりはイラストレーターとして、もっと生活に近いところでとらえられている人なのです。

しかしながら彼の作品はそんなイラストという4文字で片付けてしまうにはあまりにも泣けてしまう、笑えてしまう、人の心を惹きつけてしまうものなのです。

ノーマン・ロックウェル「サンタクロースの旅行計画」
ノーマン・ロックウェル「サンタクロースの旅行計画」

仕事柄いろんなアーティストの作品を見てきましたがこれほど心を打たれることはそう滅多にある事ではありません。

もちろんこれは私の気持ちであり人それぞれ心にジーンとくるものは違って当然なのですが、彼の作品が本当にやさしく暖かいので一人占めするにはほんとうにもったいない。

さて、皆様ご存知の通りプロバの社長はその手のタイプの代表といえる程、うれしいこと、新しい情報を公開したがる人でありまして、彼もまた私以上にロックウェルにほれ込んでいるということで、それでは、今まで誰もやったことのない様な大個展をやろうではないかとあいなったわけです。

ノーマン・ロックウェル「蹄鉄早打ちコンテスト」
ノーマン・ロックウェル「蹄鉄早打ちコンテスト」



ということで、(1989年)7月14日よりノーマン・ロックウェル展が始まるのですが、その準備と勉強の為、去る5月18日からアメリカのマサチューセッツ州ストックブリッジにあるNORMAN ROCKWELL MUSEUM(美術館があるという事からもどれだけすごいアーティストであるかおわかり頂けると思います。)に行かせていただくことになりました。

5月18日ニューヨークのホテルに着いたのは夜も更けきった11時頃のことでした。
東京の新しいプロバビルのオープン準備の疲れがまだ抜けきっていない体と荷物を引きずりながらも、心は翌日向かうストックブリッジに飛んでいたかどうかは記憶にありません。

ノーマン・ロックウェル「トリプル・セルフ・ポートレイト」
ノーマン・ロックウェル「トリプル・セルフ・ポートレイト」

さて翌日、夢にまで見たロックウェル・ミュージアムに行く日がやって来ました。
今回一緒にアメリカ出張に来たのは、かつてアメリカに12年間住んでいたことのある大ベテラン。
さっそくレンタカーを借りて目指すはマサチューセッツ州ストックブリッジ。
私は助手席でナビゲイターをつとめました。

地図を購入し目的地のストックブリッジの文字を見つけた時、初めて楽しさから緊張感に変わりました。
とうとうここまで来てしまった、こんなにも近いところにいる自分に気付き驚いてしまったのです。

マンハッタンの喧騒をぬけ、橋を渡りハイウェイに乗りこむと、景色は徐々に田舎町へと変わっていきます。
お昼にノーマン・ロックウェル・ミュージアムの館長ウィリアム氏と約束がある私達はただひたすら走り続けました。

車で約3時間半。
そろそろ地図の上ではストックブリッジにさしかかったと思われるところで私はふと顔を上げました。
「あー、ここだぁ」
ロックウェルがストックブリッジの町を描いた“メインストリート”という作品と全く同じ風景がそこにあったのです。
ずっと憧れ続けてきた町に着いたのです。




しかしここで気をぬいてはいけません。
ウィリアム氏との約束の時間まであと5分。
早くロックウェル・ミュージアムを探さなくては・・・。
車を止めインフォメーションと書かれた小さな建物の横をふと見ると掲示板にはロックウェルの大きなポスターが貼ってありました。

この町では本当に大スターなんだとしみじみ感じながらも肝心の場所がわからない。
慌てながらも場所探しは人任せ、私は早速町の写真を撮ったりしていると、やっとミュージアムの場所がわかり、どたどたと走ってようやくその小さな白い家にたどり着きました。

――オールドコーナーハウス――ここがノーマン・ロックウェル・ミュージアムです。

入口には中に入ろうとしている人達がなんと列を作って待っていました。
こんなに小さな田舎町なのにミュージアムに入る為に並んでいるのです。
たくさんの人たちにロックウェルが愛されていることを再認識させられる光景でした。

列の横を通り抜け入口のドアをギシッと開けるとウィリアム氏ご本人が出迎えてくださいました。
キュレーターのモリーンさん、それからロックウェル・ミュージアムの名物おばあさんにもお会いしました。

ここは他の美術館と違い、お客様を数人のグループにして1人のおばあさんが絵を一つ一つ説明してまわるという仕組みになっており、その中でも一番長くここで働いているのがこの方なのです。

彼女は私たちが訪れた4日後にこのオールドコーナーハウスをお辞めになるとのことで、最後にお会いすることができた私はなんて運がよかったのだろうとつくづく思いました。

さて、入口から中を覗き込むと壁中ロックウェルの小物でギッシリ!
前後左右どこを見てもロックウェルなのです。
信じられない!! こんなところにいてよいのだろうか。
もうほとんど放心状態の私でした。

ノーマン・ロックウェル・ミュージアム
――オールド・コーナーハウス――
これがロックウェル・ミュージアムだ。

すぐにでもたくさんの原画を見たいと思いながらも、とりあえず今後のロックウェルに関する仕事について話をする為まずはランチとなりました。

私は後ろ髪を引かれる思いでロックウェル・ミュージアムを去りました。



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このページは1989年7月14日にガレリア・プロバから発行された「La Gazzetta 創刊号」の内容を掲載したものです。


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