ガレリア・プロバ

ガレリア・プロバ1989年7月発行「La Gazzetta 創刊号」
ノーマン・ロックウェル・ミュージアム訪問記
ノーマン・ロックウェル アーカイバルスイート
ノーマン・ロックウェル、アーカイバル・スイート

ガレリア・プロバで開催されるノーマン・ロックウェル展では、世界で初めてノーマン・ロックウェルのアーカイバル・スイートを一堂に集めて、御紹介いたします。
アーカイバル・スイートは、ノーマン・ロックウェルの長きにわたる芸術生活の中で制作された60種類の作品のユニークなポートフォリオです。

ロックウェルの代表作と言われる“トリプル・セルフ・ポートレイト”、“ホースシュー・フォージング・コンテスト(蹄鉄早打ちコンテスト)”、“アフター・ザ・プロム”を含むリトグラフ、コロタイプの限定版の大集成です。

1975年に直筆サイン入りのリトグラフ、“アメリカ・マーチズ・アヘッド(アメリカの行進)”が、エレノア・エッチンジャー社から発表されましたが、これは同社が、ロックウェルのパブリッシャーとなって初めての作品でした。

その版画の限定数の一部がアーカイブ(特別記録資料)用に保存されることになり、続いて発表された59点の版画に関しても、同じエディション・ナンバー(限定版号)が保存されていきました。

これは後々、美術館や著名な個人/法人コレクターが買い取るときのために保存されていたものであり、アメリカの美術史においてロックウェルがいかに重要な位置を占めているかを如実に物語っています。

わかっている限りでは、版元がコンテンポラリー・アートの巨匠の全作品を同じエディション・ナンバーで統一して取り置いていたというのは、類を見ないものだと言われています。

ロックウェルのアーティストとしてのキャリアを振り返って見る時に大変重要な意味を持つこのアーカイバル・スイートは、一見の価値があると言えるでしょう。
ノーマン・ロックウェル アーカイバルスイート
ノーマン・ロックウェルとエレノア・エッチンジャー社
ニューヨークはソーホーに本社、ギャラリー、工房を持つエレノア・エッチンジャー社は、1975年発表の“アメリカ・マーチズ・アヘッド”という作品よりノーマン・ロックウェルののリトグラフを手がけている版元(パブリッシャー)です。


ノーマン・ロックウェル「アメリカの行進 America Marches Ahead」
ノーマン・ロックウェル「アメリカの行進 America Marches Ahead」

ガレリア・プロバは、エッチンジャー社と数年に亘り一緒に仕事して来ており、ノーマン・ロックウェルの大規模な個展を今年7月14日から8月31日まで、プロバ本店において開催するに至りました。

エレノア・エッチンジャー社の社長、エレノア・エッチンジャーその人は、ロックウェル氏の仕事の上での信頼のおけるパートナーであったというだけでなく、氏と大変に心の通いあった友達でした。

ロックウェル氏は、初め他社よりリトグラフを発表していましたが、その時の担当がエレノアさんだったのです。

その後、エレノアさんは自分で独自の会社を設立したのですが、そうしたらロックウェル氏は、エレノアさんが担当でなければ仕事をしたくないと言いはり、彼もエレノアさんの会社に移籍してしまったのです。

それから、60点ものリトグラフやコロタイプがエレノア・エッチンジャー社より発表されました。
ロックウェル氏は、マサチューセッツ州ストックブリッジに居を構え、アトリエを持っていたわけですが、ニューヨークはマンハッタンから車で3時間半のその道のりをエレノアさんも幾度となく往復したそうです。

今回、私達プロバのスタッフは、マンハッタンでの週末をエレノアさんと過ごす機会がありましたが、ロックウェルについて話し始めると、時間を忘れる様でした。
私たちの次から次へと出るロックウェルに関しての質問に、エレノアさんは、目を輝かせながら、ひとつひとつていねいに答えて下さいました。

そうして、話がロックウェル氏のお葬式の事になった時には、ロックウェル氏があまり身近に感じられて、エレノアさんだけではなく、私たちスタッフの目にも涙が浮かんでしまう程でした。



ロックウェル氏が亡くなった時、エレノアさんがストックブリッジの教会に着くと、氏の絵の中から出てきた様なボーイスカウトの少年達が一列に並び最敬礼をして弔問客を迎えており、その最敬礼をするまだ幼い手や、真剣な眼差しを見ただけで、こらえていた涙が目にあふれ出てしまったそうです。

ああ、偉大なアーティストであり大切な友人である人が、もうこの世に居ないのだ、と救いようのない気持ちで教会の中に入り、周りを見回すと・・・ エレノアさんに見えたのはロックウェル氏の絵の中に登場したモデル達―― ストックブリッジの町の人々―― だったのです。

その人々を見たとき、エレノアさんは、“ああ、ノーマン・ロックウェルはなくなってしまったけれど、アーティスト、ノーマン・ロックウェルの絵の世界だけは、まだ生きていくのだ”と深く感じて、その残された喜びに、彼女は胸のつまる思いだったと言います。

こうして、エレノアさんは、ロックウェル氏とその作品にまつわるお話をたくさんして下さいましたが、それは、皆さんがプロバの個展にいらした時に、絵をみながらエピソードを話してさしあげたいと思います。

エレノアさんは、こうして、自分が大切にしてきたロックウェルの世界を日本での代表としてガレリア・プロバにゆだねてくださいました。
その友情と信頼のしるしとしとして、エレノアさん個人コレクションからノーマン・ロックウェルの原画(ペン画)がプロバの社長に贈られました。

ふくよかな笑顔が美しいエレノアさんも、ニューヨークという競争の激しい都市のアートマーケットで活躍し続けてきた女性です。
そんな彼女の会社と私たちが仕事を出来ることを誇りに思っています。
K.Y


ノーマン・ロックウェル アーカイバルスイート
エレノア・エッチンジャー社にて。
左から、スティーブ、I.M、エレノア・エッチンジャー、K.Y、バーバラ、フラン。



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このページは1989年7月14日にガレリア・プロバから発行された「La Gazzetta 創刊号」の内容を掲載したものです。


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