ガレリア・プロバ

ガレリア・プロバ1990年1月発行「La Gazzetta vol.3」

地中海に浮かぶマジョルカ島の街パルマ。
中世を思わす光と影。
静謐なスタジオ。
すべての舞台は、完璧に彼の感性を刺激しなくてはならないのです。

このマジョルカ島と並んでもう一つ、彼の魂の琴線にふれた場所は、イタリア北部の都ベネチアでした。

中世の頃、東方貿易の港として、ヨーロッパ第一の隆盛を誇った海に浮かぶ石造りの島。
ビザンティン文化の影響を色濃く残す118の島々です。


マジョルカとベネチア。

この二つの島は全く異なる雰囲気です。
しかし、ベネチアにはデカダンで官能的な不透明さが漂っており、そこが魅力なのだと彼はいいます。
でも彼はベネチアでは絵を描きません。

ベネチアは、例えば文章を書くとか、そういったことが似合う場所なのだそうです。

さて、私達のリャドは、こうしてマジョルカ島を自らの絵を描く唯一の場所と定めましたが、ここだけにこもっていたわけではありません。

島の裏街からはじめて、スペインを、ヨーロッパをくまなく歩き、夢に見た風景や、自分の作品になるであろう、まだ見ぬ風景を追い求めました。
彼は肖像画と並んで、もう一つ、風景画に新しい自分を表現したかったのです。

では、どうして私達がリャドを知ったのでしょうか。

1989年春、プロバの鈴木洋樹の許に、数枚の絵の写真が届きました。
時間すれば、そう、0.2秒くらいだったでしょうか。
この人!この絵!決めたのです。
そして切符の手配ももどかしく、鈴木はスペインに向かって飛び立ちました。


J.トレンツ・リャド

なにしろ9年前(1990年当時)にヒロ・ヤマガタを発見した時は、ヒロが滋賀県米原町の出身と聞くや、当時住んでいたミラノから急遽、日本に飛んで帰り、そのまま新幹線で米原へ行き、駅の電話ボックスから、町中の山形姓の家へ軒並み電話をした男です。

マジョルカ島へ着いた彼は、曲がりくねった石壁の路地をぬけ、リャドの屋敷の呼び鈴を押しました。

沈黙と雄弁・・・

鈴木はガレリア・プロバのこと、自分たちのテーマ「Heart Warming」のこと、即ち、見た人の心に感動を呼ぶ作品、誰にでもわかる作品を求め続けていること、そして日本文化のこと、彼は情熱を込めて語りました。

リャドの聖者のような風貌、黒い髭の中に初めて白い歯を見ました。

19世紀後半、マネやモネ、ルノワールなどフランスの画家達が、浮世絵版画というジャポニスムの影響を強く受けたことを知るリャドは、そこで自らの心の鎖国を初めて開け放ってくれたのでしょう。


リャドは知れば知るほど「完全芸術家」でした。
例えば彼自身の肖像画。それは写真なのですが、月並みなカメラマンには撮らせません。

セピア・トーンで、独自の情緒を写すD.ハミルトンや、英国王室のカメラマンとして知られるスノードン卿がシャッターを切っていました。


その一方で、リャドは「完全芸術家」にふさわしく、パルマの街に地中海絵画学校を開設。
バルセロナにも一枚と、2つの学校を運営し、絵を描くことの素晴らしさを若い人々に教えていました。

じつは彼が、沢山の人々に囲まれて制作するのが好きなのだそうです。
どうしても一人で描かねばならぬときはクラシック音楽、それも優しげでメランコリックなヘンデルの曲を聴きつつ絵を走らせるといいます。

その旋律が、マジョルカ島の小さな城の石壁の間を流れると、遠い昔、きっとそこに住んでいた“愛”の残り香が漂い、リャドの創造心を刺激するのでしょう。

リャドは「芸術を愛することの出来る人はいつだって、描いたアーティストの無能力さを表している」と言い切ります。
つまり、「今描き上げたものよりも次の作品の方が良い筈だ」と考えているのでしょう。

この言葉は、まだ40代前半のリャドが、底知れぬ未来を秘めている証でもあるとも言えるでしょう。

ともあれ、抽象から具象へ、肖像画へと旅したリャドは、たずね歩いた風景を、独自のタッチでカンバスの上に再現していました。
日本に届いた数枚の写真も、実はリャドの風景画だったのです。

鈴木の情熱に打たれたリャドは、その場ですぐに41点の風景画を選び、日本へ送ると約束してくれました。

スペイン地図

と同時に、ガレリア・プロバは、このスペインの天才の日本に於ける総代理店としての資格を得たのでした。
リャドは来ます。
この秋、日本に来ます。(1990年1月当時)

彼の初来日に際し、プロバはぜひ、この現代のベラスケスと呼ばれるリャドに、2~3人の方の肖像画も描いてもらいたいと熱望しています。

あのサグラダ・ファミリア聖堂で名高いアントニオ・ガウディ、そしてミロやピカソなどの天才を生んだスペインの地に、今また生まれた希望の星ホアキン・トレンツ・リャド。

ガレリア・プロバは本当にスゴイアーティストをまた一人、日本に紹介できる幸せに酔っています。


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このページは1990年1月26日にガレリア・プロバから発行された「La Gazzetta vol.3」の内容を掲載したものです。


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