ガレリア・プロバ

ガレリア・プロバ1990年4月発行「La Gazzetta vol.4」


御記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、本誌創刊号(1989年6月)で「ニューヨーク・アートエキスポ」を御紹介しました。

少々おさらいすると、アートエキスポとはその名の通りアートの国際見本市のこと。

会場内を細かく仕切ったブースには、作品の売買や自分たちが扱っているアーティストを紹介し売り込むことを目的に、世界中から集まってきた画廊が臨時のギャラリーを展開しています。

何十という国際的規模のアートエキスポにはそれぞれ特色があり、前回の「ニューヨーク・アートエキスポ」は版画中心、今回2月のARCO(アルコ)はどちらかというと抽象ものが中心のエキスポです。

アートエキスポの中でも、ニューヨークやアルコはかなり有名なエキスポで、私が今回マドリッドに滞在している間も、テレビではしきりにアルコの特番やニュースをやっているほどの盛り上がりを見せていました。

アルコの正式名称はFeria Internacional de Arte Contemporáneo。
出店画廊は地元スペインの他、フランス、ドイツ、すいすい、アメリカなどが主だったところ。
日本からは2つのギャラリーが参加していました。
世界中から集まった画廊のブースが立ち並ぶ

さて、前置きはこれ位にして、一体どんなものが見られるかと期待いっぱいで会場内に足を踏み入れると、あるある、いるいるといった感じで作品も人も溢れかえっています。
はっきり云ってどこから手をつけたらよいのかわからない。
そこでその日は一通りざっと眺めるだけにして、数日後もう一度会場を訪れてみました。

そうすると初めの日には数に圧倒されてまるっきり混乱していた視線と頭も、今度はどうにか落ち着いてくれたようです。



このアルコに対しては批判的な意見も当然ながらありますが、私はそれなりに楽しむことができました。 巨匠クラスの作品販売が主というメジャーな画廊のブースもあります。

確かに人は入っているようです。
私もピカソやマティスが大好きですが、画廊の姿勢としてはやはり新鋭のアーティストを扱うところの方が共感を持てるし興味も沸きます。

若い、もしくは現存のアーティストたちが、いかにしてこれまでのアートのスタイルを打ち破って自分だけの表現をするか試行錯誤している、それが時にはうまく整理されなくて、単に奇をてらっただけのようになったりもするのでしょうが。

しかし、そういったエネルギーに触れるというのは、なかなか興奮する体験です。

特にヨーロッパのアート市場は、アメリカ、日本と違って、シルクスクリーンやリトグラフなどの版画よりもまだ油絵などの原画が主流で、アルコ会場もほとんどがそういったオリジナルです。

3階建ての会場はどの階も人と作品でいっぱい

ですからアーティストのエネルギーも余計じかに伝わってくるようでした。

大まかにいえば具象は技術力の世界で、抽象は創造性の世界です。

技術的に上手いか下手かというのは比較的判断が下しやすいのですが、創造性は評価するのが難しい。

特に日本は技術に対してはお金を払うけれども、アイディアや発想に対しては何となく出し渋るという国民性があります。

そのせいか欧米に比べると、いまひとつ抽象の分野が伸び悩むというか、敬遠されているようです。

確かに創造性は評価しようとすれば難しいのですが、愉しみ方に関しては、逆に自由で幅が広いのです。

一口に抽象と云っても、いろいろなタイプがあります。
全く本当に抽象の極致 ――例えば鉄のかたまりだとかキャンバスに線があるだけといったようなもの――もありますが、具象寄りの作品――例えば私たちが日常眼にしている事物や風景を独自に崩したようなもの――の方が一般的で、会場を見ていくと、実は具象と抽象の境目というのは非常に曖昧なものあということがわかります。


会場となったカーサ・デ・カンポ第10展示場の前で

ただあるのは、具象と抽象の間のどの辺に位置するか、という程度の差だけです。

しかし程度の差だと言い切っても、更にこの指標に乗りきれない問題もあります。
例えば、椅子があったとして、それをどんどん本物に近づくようそっくりに描いていくと、その絵は具象の性格を限りなく強めていく訳ですが、ではこの椅子に一番そっくりであるはずの本物の椅子をそこに置いたら、これはいったい具象でしょうか、抽象でしょうか?

この問題をここでこれ以上考えると頭がどこかへとんでしまうのでやめますが、確かに抽象的作品には、こうした「アートって一体なんなの?」という、素朴で且つ深い疑問を喚起してくれる力があります。

そしてこの疑問は私たち画廊の人間にとっても、ビジネスの他に忘れてはならないとても大事な部分でもあるのです。

こういったあまりにもたくさんの作品を見なければならない場合、私の体力と時間を考えると、いくつかの指標を持って各作品をその“ものさし”で測りながら見ていくという方法をとらざるを得ませんでした。

その“ものさし”とは、先程お話したような具象――抽象の他に、テーマが外的――内的、色調が明るい――暗い、イメージが無機的――有機的などなどです。


私がいいと思う作品は、それぞれの“ものさし”で測ったとき、どのあたりの目盛をさしているのか、そうやって見ていくと自分好みの傾向がわかりやすくなるし、また逆に、プロバではこのメモリあたりのものが好まれるから、そこを指しているこの作品・作家はどうだろうか、というように使ったりもできます。

そうやっていくと、中には、自分の好みの目盛とはまったく一致しないのに、何故か目や心にひっかかる作品があったりもします。

それはまた、“本物”の証なのでしょう。


少々理屈っぽくなってしまいましたが、本来アートは理屈でみるより、心とか本能でみた方がずっと楽しいものです。
抽象画は苦手、とおっしゃる皆さんも、実は案外食べず嫌いということがあるかもしれません。
どんどん気軽に味見して、好きな味を見つけられたら、また少し楽しい人生になるのではないでしょうか。
S.Y.


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このページは1990年4月8日にガレリア・プロバから発行された「La Gazzetta vol.4」の内容を掲載したものです。


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